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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 青梅のネコを追って   

総合政策学部 4年 前田 麻希



「映像を制作してみたい」。

私が大学一年生だった頃、FLPジャーナリズム論の松野良一ゼミを見学していたときのことだ。映像という媒体を通じて、多摩地域の魅力を人々に伝えるという活動に興味を持ち、私も多摩探検隊のゼミへの参加を希望した。

それから一年間、私は思うように映像を制作することができなかった。いろんな街を散策してみたが、映像にしたいと思う多摩地域の題材がなかなか見つからず、途方に暮れることもしばしばあった。しかし、行動しないことには何も始まらないという一心で、ゼミ生と何度も取材をしたり情報収集をしたりした。

映画看板で有名な青梅市で、町おこしに尽力していらっしゃる横川さんからお話を伺っていたときのことだ。青梅市では衰退した商店街を盛り上げようと、市民が町おこしに積極的だということを知った。商店街を散策してみると、猫のオブジェや猫の形をした看板が点在している。青梅市にしかない可愛らしい街並みが広がって いた。私は「青梅市は市民が手作りした猫の街」を軸に映像を制作することにした。

映像の題材が決まり、安堵したのは束の間だった。

私は何人もの仲間と何度も青梅市での聞き込みや取材を繰り返し、やっとの思いで構成を決めて撮影に臨んだ。取材相手と打ち合わせをしたり、仲間にビデオカメラの配置場所を指示したりと撮影当日は慌ただしかった。なんとか撮影を終えて編集にとりかかったが、すぐに頓挫した。青梅市の街並みを紹介するため、二人のリポ ーターを起用し、ボケとツッコミを盛り込んだ映像を制作する予定だった。しかし、二人の掛け合いが上手くいっておらず、単調な作品になっていた。また、周りからは「映像から何を伝えたいかが分かりにくい」と指摘され、現状の構成では青梅市の魅力を伝えることができないと判断した。

正直、映像制作をやめたいと思った。そんなとき、私は取材から編集をするまでにゼミの仲間や青梅市での取材相手にたくさん支えてもらっていたことを思い出した。皆、自分のことのように映像を完成させるために知恵を絞ってくれたり、いつでも私の相談に乗ってくれたりしていた。だからこそ、中途半端なままでは終えられ ないと強く思った。失敗しても良いからやれるだけやってみようとの考えが私の原動力となり、私は仲間と構成を練り直して再度撮影した。何度も撮影を経験していたとしても仲間に指示をするのは難しく戸惑うことが多々あったが、さりげなくフォローをしてくれる皆に自然と元気づけられていた。

二度目の編集作業では、私は「必至に」ではなく「楽しくマイペースに」映像を編集していた。そのせいもあり、企画段階から映像を完成させるまでに一年間も費やしてしまったが、作品は無事にケーブルテレビで放送された。私は今までにない達成感を得ることができた。

私の制作した十分の映像には、私の過ごした辛い日々やいろんな仲間に支えられていた日々の思い出が集結しているように思える。だからこそ、この作品は私にとって大学生時代の集大成なのかもしれない。時には諦めが肝心となることもあるかもしれないが、諦めずにやり遂げることの大切さを実感した。

映像制作を通じて、私は自分を成長させることができた。そして何よりも、私はゼミ生が大好きだということを再認識した。この一年間、いろんな仲間に支えられたからこそ、私は困難を乗り越えることができた。仲間がいなければ、今の私はいなかったかもしれない。私にとって、このゼミで出会った人々はかけがえのない存在 だと感じた。

多摩探検隊のゼミに入って、本当に良かったと心から思う。
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by tamatanweb | 2009-07-01 00:00 | 制作日誌

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 表紙・裏表紙を作るしごと   

法学部 3年 齊藤 綾



2008年の、確か10月も終わりに近づいたころだったと思う。私は前田先輩の作っていたVTR、「猫のまち青梅」の番組プロデューサーに任命された。番組プロデューサーは、本編が始まる前のスタジオ部分・本編が終わった後のスタジオ部分を作り、VTRを「多摩探検隊」の番組として完成させることが仕事である。先輩方からは、「番組の表紙と裏表紙を作る仕事だ」と教わってきた。その他に、予告編を制作するという役割もある。

私が担当したのは1月放送分だったので、ケーブルテレビに納品するのは12月下旬。時間に余裕はあったと言える。しかし、私は過去のスタジオ撮影に参加したことがなかった。そのため、どんな風に原稿を書くのかも、どんな風に撮影を進めるのかも分からない。今までスタジオ撮影に参加したゼミ生からアドバイスをもらい、過去の「多摩探検隊」を見直し、なんとか11月の初めに撮影をした。不安だらけで、他のゼミ生に助けられながらの撮影。本当に頼りないプロデューサーだった。

早速編集をして、ゼミでチェックをしてもらったところ、「キャスターとリポーターの区別がつかない」という指摘があった。この回では、リポーターとキャスターがスタジオに登場し掛け合いをするのだが、確かに服装やしゃべり方の差がない。そこまで考えが及ばなかった、私の演出不足だった。その結果、撮影し直しである。先輩方からのアドバイスをもとに、原稿を考え直す作業が続く。途中、詰まってしまって松野先生にたくさんのアイデアをいただいた。ようやく原稿が出来上がって、2度目の撮影にこぎつけたのは、12月に入ってからだった。

たった数分のスタジオ。本編のVTRの制作に費やされる時間や労力に比べれば、格段に少ない時間で済む作業と言ってもいいかもしれない。しかし、たった数分を作り出すために、私はたくさんの人の力を借りた。本編のVTRの作り方とはまったく異なることに戸惑いながら、なんとか「猫のまち青梅」の表紙と裏表紙を作った。いろいろと改善すべき点はあったけれど、先生にはおまけで及第点をもらった。

いつもはWEBで観ることが多い「多摩探検隊」。でも1月放送は、自宅のテレビで観た。
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by tamatanweb | 2009-07-01 00:00 | 制作日誌