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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 20歳の挑戦   

経済学部 3年 大槻 彩夏



最近、階段を使うことが少なくなった。自分の足で歩いたり上ったりする事を避けて、ついつい楽をしてしまう。

駅のホームではエスカレーターを探し、大学に来れば2階以上はエレベーターを待つ。たまに仕方なく階段を3階くらいまで上ったりすると不本意にも息切れする。そして大きく呼吸をして涼しい顔をして教室へ入っていく。なんとも情けない。20歳になった頃からこんなふうに体力的にも気力にも少し甘えが生じるようになった。

そんな私を待っていたのは、東京都八王子市にある高尾山の全登山道を1日で制覇するという挑戦だ。階段さえ上らない私が山を一日中歩き続けるなんて、道中で気絶すると思った。

挑戦をしたのは昨秋。紅葉が少し始まっていた。集合した朝の6時はまだ少し薄暗く、2枚の長袖の中まで冷やりとした空気が伝わってくる。

登山道は全部で5つ。いよいよスタートだ。しかし、ここで早くも最初の試練がやってくる。それは「高尾山を歩きたい!」という軽快な決め台詞を、右腕をを使ったポーズつきで言うこと。今回私は登山と同時に高尾山の魅力を伝えるリポーターにも挑戦したからだ。リポーターの「リ」の字も分からなければ、カメラと登山客を前に顔は引きつり、声も出ない。その姿は、言われるがままに芸をする猿回しの猿のようだ。それでも恥ずかしさを捨て、なんとかこの場を乗り切る。あんなにハイテンションな自分は新鮮だった。

1週目のびわ滝コースは、川沿いをてくてく歩いていく。このただ歩くという単調な行動が一番難しかったように思う。単調な景色でも何かを発見し常に自分の言葉で表現していかなければいけない。黙ったら終わりだ。そんな緊張感のせいか、体の疲れはほとんど感じずに1週目を終えた。

2週目の表参道コースは薬王院の周辺に急な階段が多かった。エレベーターはない。自分の足で一歩一歩必死に登っていく。少し笑顔の消えた私を待っていたのはお昼ご飯のご褒美。とろろ蕎麦を食べることにした。ここでもリポートだ。ところがとろろの粘りで「グフっ」と妙な声でむせてしまう。続けてコメントを言おうとするも気の利いた言葉が見当たらない。思案の末、発した言葉は「蕎麦の香りが私のソバに漂っています」だった。お蔵入りしてほしいと思った。

3・4週目は吊り橋コースとかつら林コース。3週目の半ばに差しかかる頃から足が重くなってきた。それでも足が動いたのは、高尾山を制覇したいという思いと自分に負けたくないという意地だったのかもしれない。4週目を終えるころにはすでに辺りが少し暗くなっていた。

そして最後は稲荷山コース。足取りがもたついていたが、さらに足元を木の根が邪魔をする。息もかなりあがっている。体力と気力との戦いだった。リポートを忘れ、ただ必死に山頂を目指す。そしてようやく山頂についた。山の夜は真っ黒で、懐中電灯の光で辺りを照らす自分が少し小さく思えた。

約12時間の登山。最後に山頂で大きく深呼吸をすると達成感でいっぱいになった。なんだか体力も気力も少し若返った気がする。この日は去年1年間で一番充実した一日だった。

あの日山頂で携帯のカメラに収めた夜景は今、21歳になった私の待ち受け画面になっている。
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by tamatanweb | 2010-01-01 00:00 | 制作日誌

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 番組制作という険しい登山 ―そして頂上からの景色   

文学部 フランス語文学文化専攻 3年 野口 真菜美



登山を始める時、ゴールとなる山頂は遥か彼方に見える。しかし、多摩探検隊の番組制作は、ゴールが見えないほど長く険しい道である。

季節はすっかり秋となった10月中旬。早朝6時。空気は凛としていて、肌寒い。私は、高尾山のふもとに立っていた。2007年にミシュラン三ツ星を獲得し、世界一の年間登山者数を誇るその山で、多摩探検隊のリポート番組を制作しようとしていた。実はこの日は、リベンジとなる撮影だった。

「高尾山の魅力は毎日景色が違うところだね。日本には四季があるでしょ?その四季を植物や風景から感じることができるんだよ」。事前取材で出会った登山家の言葉に感動し、高尾山を取り上げることにした。しかし、いざ撮影をしてみると、ただ高尾山に登ってリポートするだけでは魅力を十分に伝えることはできなかった。木々の緑しか映っていなくて、変わり映えのしない映像に頭を抱えた。

そこでリベンジとなる撮影では、一つの大きなしかけを考えた。「山頂までの全5コースを1日で完全登覇する」というものだ。誰も挑戦しないであろうこの企画に挑むことで、様々な角度から高尾山の魅力を伝えることができると思ったからだ。ディレクター初挑戦の私とリポート初挑戦の2人、撮影クルー2人の計5人の大きな挑戦が始まった。私の仕切りやディレクションの悪さで、ただ歩くだけでも体力を奪われるリポーターやクルーに多大な迷惑をかけた。最後の登山ルートである「稲荷山コース」の山頂にたどりついた時は、もう辺りは懐中電灯が無いと見えない程暗く、登山開始から約12時間も経っていた。散々歩き回り、汗をかいた。しかし、真っ暗な山頂から見た都心の夜景は、驚くほど輝きを放ち目に焼きついた。

ところが、ここからさらに険しい山が待っていたのだ。撮影した映像をどう編集するか、何度も試行錯誤を繰り返した。何を伝えたくて、何が面白くて、何に苦労したのか。それが全く伝わらない。途中投げ出したくもなったが、高尾山を何時間もかけて歩いたあの日をなんとか形にして、高尾山の知られていない魅力を伝えたいという気持ちでいっぱいだった。そして、ゼミ生や先生にアドバイスをもらい支えられ、「多摩あるきたい! ~高尾山編~」を8ヶ月かかって完成させることができた。高尾山の全ルートを歩くより長い長い道のりだったように思う。この作品を見た人が、高尾山に行ってみたいと思ってくれたら、それ以上嬉しいことはない。

投げ出すことは簡単にできる。しかし、そこで工夫をし、やり方を変えてみて、一歩前に進めるかどうかに挑戦することで道が開けるのだということを学んだ。登山は苦しく、長い道のりをひたすら登るが、登りきった後から見る景色や達成感があるからこそ魅力的で、虜になってしまう。番組制作も同じように、完成するまで時間がかかり何度もくじけそうになるが、形となった時の達成感や充実感は何ものにも変えがたい。番組制作という大きな山を登りきった私は、この山の虜になってしまったのかもしれない。
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by tamatanweb | 2010-01-01 00:00 | 制作日誌

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 カメラの向こう側   

法学部 政治学科 3年 齊藤 綾



2008年10月18日。朝5時半に、自宅を出た。ひんやりとした空気に思わず背筋が伸びる。モノレールの駅の向こうに見える空が、薄いピンク色をしていたことをよく覚えている。私はこの日、初めてビデオカメラの前に立った。

「多摩あるきたい! ~高尾山編~」で、私は"土佐出身の齊藤隊員"として、大槻隊員とリポートをした。最初にリポーターの話が上がったときは冗談かと思ったが、どんどん話は進んでいき、撮影日になってしまった。いつもは、カメラを構えて撮影する側にいる私。リポーターは、いわば「カメラの向こう側」の存在だった。どんな顔をすればいいかも、どこを見ればいいかも、どんなコメントをすればいいかもわからないまま、高尾山のふもとまでやってきた。

高尾山の山頂までのルートは、全部で5コースある。そのすべてを1日で制覇するというのが、今回の企画。中学・高校の6年間合唱部に所属し、もともと運動が苦手な私にとって、リポートだけでなく企画内容も不安だらけだった。「とにかく山頂にたどり着こう!」と心に決めて、登り始めた。しかし、序盤は元気があったものの、だんだんと口数が減ってくる。歩いても歩いても周りに見えるのは木々のみだったときには、ただでさえ下手なリポートが、全く口から出てこなかった。2回目の山頂からの景色を眺めたときには、「まだ2回目か...」とぐったりしていた。

最後のルートである稲荷山コースを登りだした頃には、日の入りまであと1時間ほどしかなかった。結局途中で日没を迎えたため、懐中電灯を片手に黙々と登り続ける。すっかり日が暮れてから着いた山頂では、蕎麦屋の店員さんが帰宅するところだった。もちろん、登山客はもう誰もいない。貸し切りの山頂から見る夜景は、思わず声を上げてしまうくらいきらきらと輝いていた。

後日、多摩探検隊を毎月放送していただいている、八王子のケーブルテレビの方に会ったときに「あれ、本当に何回も登ったの?」と驚かれた。そして「10分にしちゃうの、もったいなかったね」と言っていただいた。VTRでは10分に縮められているけれど、実際はゼーゼー言いながら12時間も歩き続けたあの日。ゼミ生以外からもらう言葉はどこかくすぐったい気分だった。

「多摩あるきたい! ~高尾山編~」は、学生だからできた企画だと心から思っている。私は全然リポーターとしての役割を果たせなかったけれど、本当に貴重な経験ができた。視聴者を意識して話さなければならないという難しさを、身をもって知った。下山するためのケーブルカーがなくて、真っ暗な道をみんなでキャーキャーと騒ぎながら歩いて帰ったのも、楽しい思い出となった。今でもたまに高尾山に登りたくなったりする。さすがに1日に何度もは登りたくないけれど。
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by tamatanweb | 2010-01-01 00:00 | 制作日誌