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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 心の支えになった写真 ~高尾山で中国人を追いかけて~   

文学部 人文社会学科中国言語文化専攻 2年 山崎 由芽



あなたは、高尾山に多くの中国人観光客が訪れていることをご存じだろうか。

高尾山は、観光ミシュランで三つ星に選ばれたこともあり、老若男女問わず人気が急上昇している。そこを訪れる外国人観光客の中でも、特に多いのが中国人だという。その話を聞いた私は、高尾山を訪れる中国人観光客にその魅力を聞くという番組を、ディレクターとして制作した。完成した番組は、第七八回多摩探検隊『中国人に聞く!~高尾山編~』として関東と九州の計八局のケーブルテレビ局で放送された。番組では、リポーターとして中国人留学生の朱敏華さんに、中国語でインタビューしてもらった。つまり、番組は全編中国語だ。この試みは、「多摩探検隊」では初めてのことだった。前例がないことに挑戦する私は、不安を感じつつも、面白いものを作ろうと決意していた。

二〇一〇年五月三〇日、日曜日の早朝。眠い目をこすりながら、私は「高尾山口」行きの電車に揺られていた。暖房の効かない車内は、春といえども少し肌寒い。車窓から外の景色をぼんやりと眺めた。東京近郊にもかかわらず、車窓からは新緑の風景が広がっていた。私は右肩に、大きな黒のカメラバックをかかえていた。

高尾山口駅に到着し、撮影スタッフ五名が集合した。リポーターの朱さんも、ディレクターの私も初めての撮影だ。お互い、緊張していた。その緊張感は、スタッフ全員に伝わっていた。私は、不安に駆られながら、高尾山を登り始めた。 いざ撮影を開始すると、朱さんは生き生きと上手にリポートを始めた。私は安心する一方で、自分だけが置いて行かれたような気分になり、焦っていた。朱さんが中国人観光客にインタビューをしている時、その焦りはさらに強まった。というのも、話されている言葉は、もちろん全て中国語。何を話しているか全くわからなかったのだ。ディレクターである私が、インタビューの内容をわからないままに撮影が進んでいく。思っていたよりも言葉の壁は厚いことに気づいた。ますます私は、置いてけぼりにされているような感覚に陥っていた。

編集作業の段階で、私は再び言葉の壁にぶつかった。中国語がわからないのは、撮影でも編集でも同じだ。その上、編集でうまくつながらない場面がいくつもある。パソコンのマウスを握る手が止まった。私は何をやっているのだろう、本当に番組になるのだろうか。そう思うと、ますます憂鬱になり、番組の編集をやめてしまおうかとさえ思った。

そんなとき、朱さんが一枚の写真を私に持ってきた。高尾山で撮った「朱さんと私の笑顔のツーショット」だ。なんだか泣きそうになった。私は朱さんになかなか編集が進まない状況を説明した。朱さんはにっこりと微笑んだ後、「由芽、あなたなら絶対に面白いものが作れる!頑張って!」と言ってくれた。彼女は、この番組が完成することを本当に楽しみにしてくれていたのだ。そうだ、この企画を番組にしようと思ったのは、絶対に面白いものになると思ったからだ。そして完成を楽しみに待ってくれている人もいる。私は、再びマウスを握り、編集を再開した。朱さんに中国語を訳してもらい、私がテロップを打ち込む。そういう作業を、何日も何日も繰り返した。初めての撮影から、約二か月。編集を無事にやり遂げ、完成した番組はケーブルテレビで放送された。

この番組制作を通して、自分の何が変わったのだろうか。一番大きなことは、自分に自信がついたことだ。この番組を制作していく中で、撮影準備、打ち合わせ、撮影、編集と、本当に長い時間がかかった。その中で、私は何度も壁にぶち当たった。思い返すと確かに大変な作業だった。何度もくじけそうになった。しかし、なんとか無事に、番組を制作・放送することができた。全力で何かに取り組み、結果を出す強い意志を持ち続けること、そして目に見える形でアウトプットを出す大切さを知った気がする。

これからの人生の中で、私はまた何度も壁にぶつかることだろう。それでもその時には、今回の一連の番組制作の努力と成果を思い出してがんばろうと思う。朱さんと私が笑顔で写っているツーショットの写真を片手に、私は強くそう思った。
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by tamatanweb | 2011-02-01 00:00 | 制作日誌

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 日本で得た「仲間」 ~初めてのリポートに挑戦して~   

総合政策研究科 博士前期 1年 朱 敏華



二〇一〇年五月三〇日、第七八回多摩探検隊『中国人に聞く!~高尾山編~』で、初めてのリポートに挑戦した。私にとって、初めての高尾山、初めての番組制作、初めてのインタビューであった。今回、私は番組のリポーターを担当することで、自分自身が大きく成長できたのではないかと思っている。

私は、中国の上海からやって来た留学生だ。中国にいた時はまさか、日本で、しかも日本の大学生と番組を制作するなどとは思ってもいなかった。だから、最初はとても不安だった。日本の大学生とコミュニケーションがとれるのか、言葉の違いに戸惑ったりしないだろうか、うまく話せるだろうか・・・。撮影前日まで、何回もセリフを読んで暗記し、練習した。

本番当日、現場に行くと思った通りに撮影は進まなかった。撮影しているときに、日本の大学生が話す言葉が、聞いたことが無い言葉ばかりだったのだ。日本語の日常会話には自信があったのに・・・。とても戸惑った。そんな中で、撮影は始まった。最初に撮影したのは、番組冒頭の挨拶の部分で、高尾山のモノレール駅入口前でリポートするものだった。周りにはたくさんの観光客がいたので、とても恥ずかしかった。だが、恥ずかしがりながらのリポートが、うまくいくわけがない。「もっと大きな声で。がんばりましょう!」と、撮影スタッフに笑顔で励ましてもらった。言葉がうまく出ず、最初の挨拶の部分は十回以上撮りなおした。でも、回数を重ねるうちに、だんだん恥ずかしい気持ちを克服することができた。

やっとの思いで、恥ずかしい気持ちを克服して、中国人観光客を探しに出発した。しかし、午前中はあまり中国人に会えなかった。二時間ぐらい登山口で待って、ようやく一人目の中国人を発見した。「多摩探検隊」のことを説明し、お客さんの許可を得て、インタビューを始めた。中国人観光客と中国語でインタビューしたので、私にとってはとても楽だったと思われるかもしれない。しかし、実際は非常に難しかった。私はただ聞いているだけではなく、自分のコメントと感想をアドリブで話さなければならなかったからだ。質問項目を考えて質問し、相手の答えを聞いて、その後に自分のコメントを言う。それは思ったより難しいことだった。最初の三人はうまくできなかった。けれど、自分の母国の人たちと話すことは、とても楽しかった。それに、間違ったとき、戸惑ったときには、いつも撮影スタッフの日本の大学生が、優しく励ましてくれた。スタッフの笑顔を見ると、自然と「がんばろう」と思える自分がいた。おかげで、四、五人目になるとリラックスしてインタビューできるようになった。

撮影が進むにつれて、ディレクターだけでなく、撮影に参加したスタッフ全員が一体になった気がした。日本の大学生たちも、少し中国語で話しかけてくれた。私は、そのことが本当にうれしかった。もっと、撮影スタッフと一緒にいたかった。もっと、お互いのことを知り、理解し、仲良くなれるのではないかと思った。

今回の撮影を通して、私のコミュニケーション能力が上がったような気がする。インタビューに答えてくれる人を探し、自分がやっていることを説明し、お客さんに撮影の許可をもらった。そして、会話のキャッチボールをすることができた。

番組が完成してから、上海にいる父と母に、番組を収めたDVDを送った。大学の成績からは決して分からない、生き生きとがんばっている私の姿を、両親もきっと見てくれたのではないかと思う。そして、今度、上海に帰ったときには、日本でできたかけがえのない仲間について話そう。私は今、そんなことを考えている。
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by tamatanweb | 2011-02-01 00:00 | 制作日誌