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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 障碍者(しょうがいしゃ)と共に活動して... ― 一人の女の子との出会い―   

商学部商業貿易学科三年 半谷菜摘

私も、この文章の中では、「障碍(しょうがい)」の表記を使用したいと思う。

二〇一一年十一月、府中特別支援学校で閉校記念VTRを制作する活動が行われた。府中特別支援学校とは、その地区に住む肢体不自由の生徒たちが通う学校である。今回私はディレクターとして、生徒たちが自ら「学校紹介」するビデオのリポート、撮影、編集の全てを統括する役目を任されることになった。

初めての活動日、学校へ向かう私の足取りは少し重かった。考えてみれば、私は今まで「肢体不自由」と言われる人と関わったことがない。生徒たちと上手くコミュニケーションがとれるだろうか、生徒たちは私たち大学生を受け入れてくれるだろうか...―。私の心は、不安でいっぱいだった。

学校に着くと、先生に教室へと案内された。しばらく待っていると、生徒が一人ずつ入ってきた。全員が揃ったところで、まず学校紹介をするにあたって、生徒たちにそれぞれ学校の好きな場所を考えてもらう。みんなが一生懸命考えている間、私はその様子を見て回ったのだが、その中である生徒のことが気になった。それは、兼松萌さんという女の子だった。萌さんは、声は出せるが、うまく言葉にならない。先生が色々な質問をし、返事が"はい"のときは大きくうなずき、"いいえ"のときは顔を横に向けている。それが、彼女の唯一のコミュニケーション方法だった。はたして私は、萌さんの意見を上手くくみ取ることが出来るのだろうか...―。それより何よりも、彼女は上手くリポートが出来るのだろうか。私の中で、だんだんと不安が増していった。

そんな不安の中、私は生徒たちと意見を出し合い、リポートをする場所をどんどん決めていった。そして、どの生徒が、どこをリポートするのかを、割り振り始めた。府中特別支援学校では、肢体不自由の生徒が積極的に参加できるよう、サッカーのルールを少し工夫した"ハンドサッカー"というスポーツを体育の授業で行っている。「ハンドサッカーについて、リポートしたい人?」という私の問いかけに、誰よりも先に声をあげ、精一杯の身振りで答えてくれたのは、先ほどの萌さんだった。その姿を見て、私は衝撃を受けた。彼女は彼女なりの表現で、一生懸命意志を伝えようとしてくれている。コミュニケーション方法が私たちと少し違うだけで、自分自身の意見や意思はしっかり伝えられる。「できるだろうか...」なんてことを考えていた自分を恥じた。このことをきっかけに、「大丈夫だ!」と、私は確信した。

ところが、ハンドサッカーの撮影日、学校に行くと先生から、「萌ちゃんが熱を出してしまったらしい」と告げられた。そんな...―。でも、私は彼女抜きで撮影をしたくなかった。延期しようかと思案していると、なんと萌さんは学校にやって来たのだ。「どうしてもリポートをやりたいと言うので、連れてきました」。彼女のお母さんが、申し訳なさそうに言った。聞けば、家で毎日声を出す練習をしていたと言う。

いよいよ撮影が始まった。何度も「大丈夫?出来そう?」と私が聞くと、その度に迷いなく大きく頷く。それでも、かなりしんどそうだ。萌さんには、ハンドサッカーの選手に質問するというコーナーが用意されていた。そして本番、私はドキドキしながら彼女を見つめた。先生の言った後に続いて、彼女は自ら力一杯言葉を発し始めた。そして、選手にしっかりとインタビューをしたのだ。元気に明るく、最後まで頑張ってやり遂げた。思いがけない光景に、私は心が震えた。忘れられない一日になった。

数回に渡る撮影を終え、私は編集作業に移った。編集している時、生徒たちの一生懸命リポートする姿を見て、何度も泣きそうになった。VTRを見ている人に伝わるよう、普段よりずっと大きな声でリポートをした生徒。何度も練習して、本番には、身振り手振りを使ったリポートをしてくれた生徒。そんな生徒たち一人一人の努力を思い出したからだ。特に彼女の場面では、たまらず涙が流れた。私も、負けてはいけない。みんなの思い出に残るようなVTRにしなければ、と必死で頑張った。

上映会当日、生徒や保護者など、たくさんの人が来てくれた。いいVTRになっただろうか、見ている人はどういう反応をするだろうか...―。不安で私の心は押しつぶされそうだった。いよいよ上映会が始まった。すると、教室はみんなの笑顔や暖かい笑い声に包まれた。特に印象的だったのは、あの萌さんの誇らしげな自信に満ち溢れた笑顔だった。上映後、彼女のお母さんが、私の元に来た。

「この活動が始まってから、学校に行くのも楽しそうだったし、しっかりリポートできていたので、私もびっくりしました。貴重な経験をさせていただいてありがとうございました」

この言葉を聞き、この活動をして本当に良かったと、私は心から思った。

今回、私は初めて「肢体不自由」の人と深く関わった。しかし「肢体不自由」は、私が思っていたほど特別なことではなかった。彼らは表現方法が少し違うだけで、それ以外私たちとはなんの違いもない。自分の意思をしっかり持っていて、嬉しい、悲しいなど自分がどう思っているかを、彼らなりの表現方法でちゃんと周りの人に伝えられるのだ。

彼らに関わったことのない場合、多くの人々は、自らの心の中に壁を持っているだろうと思う。しかし、彼らと接触しともに何かを制作する体験をしたならば、その壁は少しずつ取り除かれていく。私は、今回の活動で、それを実感した。彼らは私たちと変わらない、一人の人間であることがわかった。

今回の活動は、私の学生生活において、そして人生において、かけがえのない、とても貴重な体験となった。
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by tamatanweb | 2012-08-01 00:00 | 府中特別支援学校放送局

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 障碍者(しょうがいしゃ)と触れ合う中で得たもの ―「府中子ども放送局」を制作して―   

経済学部経済学科三年 菅野清

この活動を行うまで、私たちは障害者という表記に「害」という字を使用していた。しかし、障「害」という文字には、マイナスイメージがあるという理由で、特別支援学校の先生方は、「碍」を使用している。「碍」という文字は、常用漢字表にはないが、本稿では、その意味を踏まえて、「碍」の字を使用したいと思う。

二〇一一年一〇月から二〇一二年一月の約三ヶ月に渡り、東京都立府中特別支援学校の高校一年生~三年生の生徒五人と「府中特別支援学校放送局」の活動を行った。府中特別支援学校は、二〇一二年度から、隣接する東京都立朝日特別支援学校と合併し、東京都立府中けやきの森学園になるため、二〇一一年度で閉校する。今回は、大学生が肢体不自由の生徒をサポートしながら、閉校記念「学校紹介ビデオ」の制作を行った。マイクを持ってリポートしたのは、生徒たちだった。

FLP松野ゼミでは、以前、二〇一〇年度に東京都立城南特別支援学校で障碍を持った児童と映像制作を行ったことがあった。その時、お世話になった江見(えみ)大輔(だいすけ)先生(中大法学部OB)が府中特別支援学校へ転勤され、府中特別支援学校でも映像制作を行いたいとのことで今回の活動が実現した。

先輩たちが制作した前回のVTRは、見ていた人がみんな感動するほどの素晴らしい作品で、「第一回筑紫哲也賞」も受賞した。今回は私がプロデューサーを務めることになり、前回以上の物を作らないと、と意気込んでいた。また、障碍を持った生徒たちが、映像制作に積極的に参加することで、自分を表現する楽しさや喜びを感じてほしい、そして、それを自信につなげてくれたら...とも、思っていた。

ところが、私は障碍を持った人と接したことがない。もちろん、他の大学生も同様だ。伺ったところによると、生徒の障碍も多岐に渡っているということだった。その中でも、一番の心配は、会話ができない、あるいは会話が困難な生徒たちがいるということだった。五人のうち三人は普通に会話が出来るが、一人は文字盤を使って一つ一つ文字を示すことでしか会話できない。もう一人はこちらからの質問に対して、「はい」か「いいえ」を身ぶりでしか表現できない。どのように学校紹介をしてもらうか、活動前、学校の先生や制作スタッフと何度も打ち合わせを重ねた。しかし実際に生徒と会うまで不安でいっぱいだった。最初の意気込みはどこかに行ってしまっていた。

初めて特別支援学校を訪れた日、たぶん私は極度の緊張と不安で、暗く、こわばった顔をしていたと思う。胸の鼓動が、聞こえそうだった。

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▲ 「嵐が好き」と語るリポーターの生徒
「おはようございます」。元気いっぱいの挨拶と共に、生徒たちが教室に入ってきた。鼓動が高鳴る。でもゆっくり見渡してみると、みんなニコニコしながら私の方を見ていた。彼らにつられて、思わず私も笑顔になっていた。その時、私ははっとした。彼らは最初からまっすぐな目で私達を受け入れてくれている。私は何を怖れていたのだろう。深呼吸してから、自己紹介をした。そして、活動の内容を伝えると、わいわい言いながら、生徒達はたくさん質問をしてくれた。この活動を心待ちにしてくれていたことが、ひしひしと伝わってきた。全員がそれぞれの表現方法で、一生懸命やりたいことを私達に伝えてくれた。いつの間にか私の中にあった不安や緊張も、きれいに消えて無くなっていた。あっという間に時間は過ぎ去っていた。

撮影が始まると、生徒達はカメラを前に初めは緊張しながらも、中庭や校舎の屋上など、一生懸命自分のお気に入りの場所のリポートをした。言葉がうまく出せない生徒も、文字盤で会話する生徒も、大学生のサポートを受けながら、自分なりの表現方法で、精一杯伝えてくれた。彼らの頑張りや意欲に、私達大学生の方が圧倒された。

そして今回の活動の中で印象的な場面があった。学校の先生へのインタビューで、生徒の一人が、「好きな芸能人は誰ですか?」という質問をした。先生の「島倉千代子」という答えに一瞬きょとんとしたが、彼女はすぐに笑って「私は嵐が好きです」と答えた。私はその時、ありのままの17歳の素顔を見たように思った。私の心は、ほんのり暖かくなった。そして同時に、私は大切なことに気付いた。私は今まで障碍を持っているという理由で、彼らのことを、私たちとは違う「特別な人」という勝手な線引きをしていたのだと。しかし実際は、私たちとは何の変わりも無い普通の高校生だ。そして、しっかりと自分の意思を持ち、自分で考え、自分で行動する一人の人間なのだ。それが分かって、彼女との距離がぐっと近づいた気がした。

撮影、編集作業を経て、約二〇分にも及ぶ学校紹介ビデオが完成した。そしていよいよ上映会当日。学校中の児童や生徒、先生、保護者、大学生が集まり、教室は満員御礼だった。上映が始まると、教室は、たくさんの笑顔で溢れかえった。自分が映っているVTRを見る生徒の目は、やり遂げた充実感に満ち溢れていた。

「障碍」とは何か。活動中、私は何度も考えた。私たちと少し違うことと言えば、表現の仕方や肢体に少し不自由があるくらいだろうか。しかし、私なりに言えば、「障碍」とは、私たちの心の中にある障碍への偏見や壁だと思う。ハンディキャップを抱えながらも精一杯生きる彼らの姿に、私自身多くのことを学んだ。この活動をしなければ、多分彼らに会うことも、私自身が変わることもなかっただろう。活動を終えた今、彼らとの出会いに、私は心から感謝している。
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by tamatanweb | 2012-08-01 00:00 | 府中特別支援学校放送局