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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 私が初めて知ったコミュニケーション ― 障碍者と共に活動して ―   

法学部法律学科三年 幸田遥平

二〇一二年の九月から一二月の約三ヶ月間、私は東京都府中市にある東京都立府中けやきの森学園という特別支援学校に何度も通った。何度も通ったのは、ここで、小学四、五、六年生の肢体不自由児と一緒に「子ども放送局」の活動を行うためだった。「子ども放送局」とは、小学生たちが、大学生たちのサポートのもと、取材・撮影・リポートを自分たちで行い、番組を制作するというプロジェクトだ。

障碍を持つ児童・生徒と「子ども放送局」の活動を行うのは、今回で三回目になる。以前活動をしたゼミの先輩方は、「『障碍』とは何なのかを考えさせられた」、「『障碍』とは、私たちの心の中にある障碍への偏見や壁だと思う」という言葉を残している。「障碍」とは何か、「壁」とは何か。それが知りたかった私は、この活動の参加を志願した。そして私はディレクターとして、生徒たちが自ら学校紹介をするビデオのリポート、撮影、編集の全てを統括する役目を任されることになった。
 
私が子どもたちと初めて会ったのは、みんな半袖姿で、まだ暑さの残る九月の始めだった。彼らに会う前の私は、好奇心と不安が混ざり合った複雑な心境であった。ひどく緊張しながら子どもに話しかけてみると、なかなか返事をしてくれず、目も合わせてくれなかった。私は子どもたちと上手くコミュニケーションを取ることができず、いきなり落胆してしまった。

その日の帰り、大学生たちで反省会を開いた。みんなの話を聞くと、気を落としていたのは私だけではなく、ほぼ全員がそうであったことがわかった。過度の恥ずかしがり屋、集中力が無いなど、子どもたち個人にそれぞれ悩みがあった。私は、子どもたちと上手く会話ができなかったことを打ち明けた。すると、みんなから「お前には笑顔がなかった」と一斉に言われた。初めて障碍者と深く関わることに戸惑いを隠せず、緊張していることが顔にも出てしまっていたのだろう。「笑顔」のない相手に心を開いてくれるわけがない。当たり前のことであるように思うが、私はそれが出来ていなかった。

 
その次の活動日、私は常に「笑顔」で子どもたちと接し、子どもたちと目線の高さを合わせて話すことを心掛けた。そうすると、最初は内気で、なかなか心を開いてくれなかった子どもたちの表情はどんどん明るくなり、大学生たちに積極的に話しかけるようになってくれた。笑顔は笑顔を呼んだのだ。

夏が終わり、季節が秋へと移り変わりながら、活動は進んでいった。子どもたちが元気に人と接するようになり、撮影のためにあらゆる工夫を自発的に一生懸命考えるようになったことが私はとても嬉しかった。会うたびに成長していく彼らと番組を作るのは本当に楽しくて、私が期待するものを何倍もの成果で返してくれる彼らはとても頼もしかった。

活動期間中、深く印象に残っていることがある。子どもたちの中に、集中力が散漫しやすく、滑舌の悪い一人の女の子がいた。私たちは彼女の言葉を聞き取ることがなかなかできなかった。何度も聞き返してしまうと、「もういいよ」と諦められて、そこで会話が終わってしまう。彼女をサポートする担当の大学生は戸惑い、頭を悩ませた。しかし活動も終盤に差し掛かった頃、その担当の大学生が、「なぜかは分からないけれど、前よりもずっと聞き取れるようになった」と言うのだ。それは、何度も会うことで、私たちの耳が慣れてきたということもあるかもしれない。しかし、彼女自身が私たちに心を開き、目を見て自分の思いを伝えようとする姿勢がそうさせたのだと、私は思う。

二〇一二年一二月八日、完成した番組を披露する上映会が開かれた。生徒、保護者、教員、大学生で、教室はいっぱいになった。映像が流れると、その空間は温かく優しい笑い声で包まれた。保護者からは、「普段私たちでも見られない顔を見ることができて、感動しました。本当にありがとう」と言ってもらえた。恥ずかしがりつつも、自信に満ち溢れた子どもたちの笑顔は輝いていた。

活動が終わってからしばらくして、子どもたちから、上映会のときの写真が入った手作りの写真立てと手紙が届いた。子どもたちの前では泣かないようにしようと上映会では我慢していた分、それを受け取ったときには、色々な記憶がよみがえり、思わず涙を流してしまった。

今回の活動を通して、私の抱いていた「障碍者とのコミュニケーション」の考え方は一八〇度転換した。以前は、言葉を発せないような障碍者に対し、ずっと話しかけている人を見ると、私には違和感があったし、一方通行の会話では疲れないだろうかとさえ思っていた。それは間違いであった。手や腕を動かしたり、目や表情で感情を伝えたり、彼らには言葉の他にもう一つ、ある種の言語のようなものがある。決して一方通行ではなかった。確かに会話をしていた。サポートする側であるのに、私はいつの間にか子どもたちからたくさんのことを教わっていた。

先輩が残した、「『障碍』とは、私たちの心の中にある障碍への偏見や壁だと思う」という言葉の意味がやっと分かったような気がする。「障碍者」というフィルターを通して子どもたちを見ていた私の目からは、いつの間にか、そのフィルターはどこかへ消え去っていた。活動を通して真剣に正面から向き合ったことで、私は彼らを一人の人間として見ることが出来たのだ。彼らと出会えたこと、そしてこの活動で学んだことを忘れないよう、胸の中で大切にしていきたい。手作りの写真立ての中にある、子どもたちのきらきらした笑顔を見ながらそう思う。
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by tamatanweb | 2013-05-01 00:00 | 府中特別支援学校放送局