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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 不本意な仕事を、自分の「宝物」にできた日   

総合政策学部政策科学科3年 野崎智也



八王子市に住む菅沼昭次さん(七一歳)は、丸太をくり抜いて作る「くり抜き太鼓」の職人である。「くり抜き太鼓」は、木目が綺麗で、音が良く、丈夫で長持ちする、という特徴を持つ。しかし、一本の丸太から太鼓を作る作業には大変な労力が要る。一方で、近年では、木を張り合わせて作る「張り合わせ太鼓」が、安価で軽量という理由で需要が多い。菅沼さんは、そんな中でも制作に手間のかかる「くり抜き太鼓」作りにこだわる、数少ない職人のうちの一人だ。

私は、二〇一三年二月に菅沼さんと出会ってからカメラを回し始めた。そして、彼の仕事ぶりと職人魂を追い続け、最終的に一本のドキュメンタリーとして完成させた。同作品は二〇一三年六月に、第一一〇回「多摩探検隊」で「多摩の太鼓職人~人と人をつなぐ音~」として放送された。

私は当初、カメラマンとして番組制作に携わった。撮影では、太鼓の製作工程やインタビューなどを撮った。しかし、予定していた撮影をすべて終えたところで、思いもよらない事態が起きた。

ゼミ運営の都合上、私はカメラ担当からディレクター担当になることになったのだ。急な引き継ぎに、私は動揺してしまった。「菅沼さんとのコミュニケーションも十分に取れていない。太鼓に関する知識も不十分。こんな私にディレクターが務まるのだろうか」と、何度も、憂鬱な気分になった。

「どんな形であれ、とにかく番組を完成させてしまえばいいや・・・」。

引き継いだ当初は、私はそんな軽い気持ちで編集をしていた。「内容なんて二の次」と思っていたのだ。そうして、ある程度繋がった番組を同じく松野ゼミのゼミ生に見せると、そのゼミ生はこう言った。

「良く分からなかった。野崎は何を伝えたいの?」。

私はその言葉に、意表を突かれた。番組の構成は、過去の「多摩探検隊」を参考に、試行錯誤の末に練り上げたものだった。それなのに、何がいけないのか...。

私は、毎日のように自分に問いかけた。「菅沼さんを取り上げて、視聴者に何を伝えたいのか」。私は自問自答しながら、菅沼さんの撮影を行った時のことを思い返した。

菅沼さんは、職人の極意であり秘密でもあった太鼓の製作工程を私たちに見せてくた。二年以上の歳月を経て、一個の「くり抜き太鼓」が完成する。菅沼さんは、そうして完成した太鼓をなでながら、「すごく綺麗な木目だ。見惚れてしまうよ」と、つぶやいた。

それほどまでに手塩にかけて作った太鼓が、自分の手元から離れていってしまうことを、菅沼さんはどう思っているのだろうか。彼はこう語った。

「良い太鼓が出て行ってしまうのは寂しい。けど、僕が良い太鼓を作れば、祭りや演奏会がより盛り上がるでしょう。それでみんなが仲良くなってくれるのが一番嬉しいんだ」。

完成した太鼓を見せる菅沼さん
私たちは、菅沼さんの太鼓を使用している「多摩太鼓愛好会」の練習も撮影した。そこには、老若男女問わず、多くの人がいた。子どもも大人も楽しそうに太鼓の練習をしていたのが印象的だった。そんな彼らが、撮影のために曲を披露してくれた。

「ドンドンドン、ドンドコドン」。

演奏が始まった瞬間、全身に鳥肌が立った。

一人ひとりの叩く太鼓の音がひとつになって体育館に響き渡り、私はその音色に、日本人としての魂を揺さぶられるような気がして、自然と引き込まれていった。

菅沼さんの太鼓を使用する地域の子どもたち  
演奏が終わると、愛好会の人たちは演奏の感想を述べ合っていた。そこには、太鼓を中心として、コミュニケーションの輪が広がっていくという光景があった。

これらの経験を思い出し、「私は視聴者に何を伝えたいのか」ということの答えが分かった気がした。

昨今、日本の「伝統」が衰退の一途を辿っていると言われている。だが、菅沼さんはその「伝統」を大切にしていた。「伝統」を守ることは地域の繋がりを守ることにもなる。私はそれを、番組を通して視聴者に伝えたいと思った。

その後、私は来る日も来る日もパソコンに向かい、番組の編集に取り組んだ。「何を伝えるべきか。何を伝えたいのか」が分かった途端、あれだけ苦痛に思っていた編集が「楽しい」と思えるようになった。

そして、編集した映像は六月、ケーブルテレビで放送された。放送後、番組を見た菅沼さんから連絡があった。

「番組、すごく良かったよ。素敵なものを作ってくれてありがとう」。

その言葉を聞いて、涙が溢れた。

途中から編集を引き継いだだけで、私は本当の意味でのディレクターではない、という複雑な思いが、私の心を覆っていた。しかし、菅沼さんから評価されて、私の心の中のわだかまりは吹き飛んだ。

これは、私がディレクターとして完成させた作品だ。そして、これは、私の宝物になった。私は、そう強い確信を持った。
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by tamatanweb | 2013-11-01 00:00 | 制作日誌