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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ゼロからの信頼関係   

総合政策学部国際政策文化学科二年 鈴木里咲

 2月上旬。今年もFLP松野ゼミと清瀬JLCとの「清瀬子ども放送局」の活動が始まった。清瀬JLCとは、東京都清瀬市が運営する小中学生向けのクラブのことだ。農業体験やサマーキャンプなどの活動を通して、将来のリーダーとなる人材を育成すること目的としている。2009年から始まったゼミと清瀬JLCの子供たちとの番組制作。私は、2014年の「清瀬子ども放送局」のディレクターとして活動に携わることになった。そして、私にとって、これがゼミでの最初の活動となった。

 まず、ネタ探しから始まった。正直、縁もゆかりもない清瀬市の魅力的な題材を発見することは、想像以上に難しかった。慣れない電話取材で、相手に不信感を持たせてしまった事もあった。その中で、清瀬市内の酪農家さんが候補としてあがり、撮影前の事前取材を受け入れてくださったのが増田牧場の増田光紀(ますだ みつのり)さん(39)だった。

 私は初めての取材ということもあり、緊張で上手く話すことができなかった。しかし、増田さんは、見ず知らずの私たちにも丁寧に牛舎を案内してくださった。広大な大地で行われる北海道の酪農家と違って、住宅街に囲われた清瀬で酪農を続けていく難しさを教えて頂いた。その後、増田さんは、私たちの番組の撮影についても、快く受け入れてくださった。子供たちとも質問したい内容について話し合い、番組の構成もリポーターの二人が実際に酪農の仕事を体験し、その他の子供がそれを撮影するという形に決まり、順調に進んでいるかと思われた。

 しかし、予想外の出来事が撮影を5日後に控え起きてしまった。その日は、子牛のお世話の体験内容をもう一度確認しようと増田さんに電話した時であった。私たちが、どのように撮影をしていきたいかを伝えると、増田さんは「少し前から言おうと思っていたけれど、こっちは仕事をしているのだから、もう少し配慮できないの」と、いつもと違う厳しい口調でおっしゃった。私は、撮影を目前に控え撮影拒否をされるのではないか、出来たとしても子供のいる撮影現場で、増田さんと上手くコミュニケーションが取れなくなってしまうのではないか、さまざまな事が頭をよぎり冷や汗が出てきた。私は、ただひたすら増田さんに謝り「もう一度、増田さんのお仕事を考慮した案を提出させてください」とお願いした。電話を切った後、緊張と焦りと撮影拒否への恐怖で血の気が引くのが分かった。

 なぜ、すれ違いが起きてしまったのか考えた。私自身初めてのディレクターということもあり、番組を撮影することに必死になり、増田さんのご厚意に甘え過ぎてしまったことに気付かされた。後日、新しい案を持ち再び増田牧場を訪れた。撮影4日前だった。増田さんは、新しい案を見て「これなら大丈夫です。当日もよろしくお願いします」と言ってくださった。ひとまず安心した。
 撮影当日は、とても暑い日であった。それでも、子供たちは元気よく集合してくれた。撮影の時のことは、実はあまり覚えていない。とにかく必死だった。番組を作ることに必死になっていたのだ。増田さん夫妻は、子供たちを温かく迎えてくださった。プロデューサーの先輩、撮影クルーの先輩、そして同期に支えられて、撮影は無事終わり子供たちも笑顔で帰っていった。撮影は、とりあえず成功した。

 今回の清瀬子ども放送局で学んだことは、数えきれない。けれど、身を以て感じたのは信頼関係を築くことの難しさである。もっと増田さんとコミュニケーションをとり、取材される側の意見も聞くべきであった。増田さんは優しく、私の過ちも受け入れてくださったが、そのような人ばかりではない。いかにコミュニケーションが必要であるか思い知った。

 6月28日、子供たちとご父母の前で上映する前に、増田さんのもとを訪れ、番組が完成した事と、上映会を開催する事を報告した。増田さんは、いつも通りお仕事をされていた。しかし、あの時私に注意をした声とは全く違い、明るく優しい声で「ご苦労さまです」とおっしゃった。長かった道のりを経てようやく信頼関係を築くことができた気がした。

 上映会は、時折、笑い声に包まれ、大盛況のうちに終わった。そして、帰ろうとしたとき、子供たちが近寄ってきて「りさりさ(私のあだ名)!本当にいい経験ができた!」と言ってくれた。

 涙が溢れてきた。

 今回辛かった事、反省した事は数知れない。けれど、よかったと思える事もたくさんあった。それとともに、私自身大きく成長したと思う。まだまだ始まったばかりのゼミ生活。もっとたくさんの出会いが待っているだろう。私は、その出会いを楽しみに、今日も多摩の魅力を探している。


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by tamatanweb | 2014-10-01 00:00

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 七〇年の時を越え語られた朝鮮人学徒出陣~中大法学部OBを訪ねて~   

法学部法律学科三年 秋山美月

 二〇一三年は、学徒出陣七〇周年という大きな節目の年であった。私はゼミの「戦争を生きた先輩たち」プロジェクトの一環で、朝鮮人学徒の証言を記録するために、韓国へと飛んだ。取材をする相手は、黄敬(ファンギョン)□(チュン)(馬+春)さん。黄さんは中央大学法科で学んでいたが、勉学半ばで召集。戦況の悪化による日本軍の兵力不足を補うためであった。

 黄さんは、一九四三年の一〇月に中央大学に入学。しかし、当時植民地だった朝鮮、台湾からの学徒に対しても学徒動員(その後召集)がかかった。一九四四年四月に徴兵検査を受け、一九四五年四月二五日頃に茨城県真壁郡谷貝村の第二農耕隊に配属された。

 私は戦争体験者の方からお話を伺うのは初めてだったので、ちゃんと取材できるか不安であった。そして何より学生であった黄さんに強制的に学業を放棄させ、軍隊に入隊させた日本国に対して、黄さんはどんな思いを抱いているかが気がかりであった。

 十一月一日、私はソウルの中心街から少し離れた住宅街の中にある黄さんのご自宅を訪れた。流暢に日本語を話される黄さんの姿を見て、私は緊張と不安が少し和らいだ。黄さんは詳しく丁寧に話してくださり、取材は三時間半にも及んだ。
日本語が流暢であったため朝鮮兵と日本兵のパイプ役として働き、当時日本兵とも仲が良かったと話されていた。私は、その話を聞いてほっとした。
 また、黄さんは思わぬ場所で終戦を知ることになった。

 「八月一五日は、仕事は何もしなくていいと言われました。日本兵だけがすぐそばの村にラジオを聞きに行ったんだけど、その時は何も知らされませんでした。夕方は盆踊りがあり、うまい食べ物なんかが出て楽しみました。ただ不思議なことに灯火管制※1がありませんでした。一七日、兵舎のトイレで用を足していると近所から大きなラジオの音がしました。『東久邇宮稔彦王が内閣総理大臣に任命された』と聞こえてきました。急いで上官に聞いてみると、日本が負けたことを教えてくれました」

 その後、朝鮮人学徒たちは谷貝村から汽車で下関まで移動した。汽車は、広島を通過した。カーテンの隙間から見えた破壊しつくされた広島の街。原爆の威力は今でも鮮明に覚えているという。下関からは漁船をチャーターし、『国へ帰るんだ』という強い意志を持ち、釜山にわたり帰還した。

 取材を終えた後、黄さんは私たちに特別卒業証書※2が授与された時に撮った記念写真とその時胸につけていたバッチを見せてくださった。韓国から日本の大学を目指し、「多くのことを学びたい」と思って日本に来たにも関わらず、戦争によって軍隊生活を強いられ、大学を去ることになった黄さん。私は今まで大学に行って勉強することは当たり前だと思っていた。しかし黄さんのお話を聞いて自分がそうした歴史的事実を知らなかったことがとても恥ずかしく感じた。

 日本に帰国した後、私は今回の取材をもとに一本のルポルタージュを執筆した。その時には、不安よりも伝えたいという思いが強くなっていた。それは取材の終わりがけに、黄さんが私に向けてこのような言葉を言ってくださったからだ。

 「韓国では、昔の辛い体験を語り継ごうという活動がないんです。学徒兵として何千、何万と犠牲になっているにも関わらず、私のような元学徒兵が経験したことを正式に調査し、記録として残そうとする動きが見られない。だから、中大の後輩からインタビューしたいと言われた時は、驚いたけど正直嬉しかった。日本でもいいから私たちが苦労した記録を残してくれたらいいなあって思いました。だから中央大学でこのような活動をしていて、大したもんだと思いました」

 私は今回の取材を通して、約七〇年前に起った戦争は、遠い過去に存在する歴史の一つではないと分かった。平和な時代を生きる私たちは、今自由に好きなことができる。私はどう有意義に生きればよいのか、と自分自身の生き方について深く考えさせられた。黄さんの話を聞いて、今ある環境がどれほど幸せなのかが改めてわかった。今を生きる私たちは平和な世の中を築き上げてくださった先輩方の思いを絶対に無駄にしてはいけない。

 戦争体験者の話を聞くことの出来る最後の世代として、中大の先輩たちの「戦争体験」を多くの人に語り継いでいこうと心に誓った。


※1灯火管制…夜間空襲に備え、ろうそくや電球の明かりを消したり覆ったりして光が漏れないようにすること。

※2特別証書…一九九八年、中央大学は太平洋戦争中に退学・休学を余儀なくされ、卒業できなかった朝鮮・台湾出身の元留学生たちに特別卒業証書を授与した。対象者は一五〇〇人以上。


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by tamatanweb | 2014-10-01 00:00