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無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 筆じゃない、木目だから伝えられること   

商学部経営学科三年 竹内義貴

 組み木絵は、自然の木が持つ独特の木目と色合いだけで表現された絵である。私が「組み木絵」を初めて見た時、幼い頃の温かな記憶が思い出された。母方の実家の群馬県片品村で、手につく土や泥にも気にせず、トンボを捕ったり、水が張った田んぼでカブトエビを捕ったり、自然の中を駆けまわった日々が頭の中を巡る。どこか懐かしさを感じさせる組み木絵の不思議な世界観の虜になった。まさに一目惚れである。

 その組み木絵の生みの親が今回取材した、中村道雄さん(67)だ。30年間以上、組み木絵を製作している。組み木絵とは自然の木が持つ独特の木目と色合いだけで表現された絵である。

 私は、多摩地域の情報誌で中村さんを知った。その記事のインタビュー中に、「人間も自然の一員ということを伝えたい」という中村さんの言葉があった。この言葉、正直ぴんと来なかった。だからこそ、この記事よりもっと踏み込んだ取材をしたい。そして組み木絵を製作しようとした中村道雄という人間を知りたくなった。早速、取材を申し込む電話をした。
少し興奮気味だったせいか電話のコール音が心拍数の様に鳴り響くのがわかった。中村さんが電話にでた。興奮を隠しきれず、情報誌をみて思ったことを長々と喋ってしまった。しかし熱意は伝わったのか、中村さんは嬉しそうに取材を引き受けてくれた。

 取材当日、大学から電車に揺られること1時間、東京とは思えないほど木々が生い茂る日の出町に中村さんの自宅があった。中村さんご夫婦が出迎えてくれた。白いひげをたくわえた中村さんは、いかにも芸術家らしい姿であった。昔カフェをしていたこともあり、挽きたてコーヒーを御馳走になり、温かい雰囲気の中、取材は始まった。

 中村さんは30代になるまでイラストレーターとして活動していたそうだ。そんな折、高度経済成長期による環境問題で、故郷の岐阜県養老町の川が汚染される現実を目の当たりにした。中村さんは故郷の川の汚染をきっかけに、環境問題への危機感が膨れていく。そして1983年に、組み木絵という独自の表現方法を編み出した。自然の木で作られた絵によって、自然と向き合うきっかけを提示し続けている。現在では6冊の絵本を出版、全国各地で展示会を開催し、精力的に活動している。

 そして本題の「人間も自然の一員だ」について中村さんは口を開いた。その瞬間、限られた10分間という尺の中でもメインのインタビューだと感じ取った。息を呑んで、聞き入った。

 「人間は便利な世の中を作るために、環境を破壊してきた。正直な話、地球にとっては、人間がいないほうがずっと良い世界だと思う。けどそんなことも言っていられない。だから人は、自然の中で生かされていると思う必要がある」。
続けざまに、中村さんは語る。「でも説教臭くて誰もそんなことをきいてくれないでしょ。だから私は組み木絵を作り続けている。木の温もり、そして幼いころに自然の中で遊んだ日々を懐かしんでもらい、自然としっかりと向き合う機会を提供したい」と。

 ディレクターとしての緊張の糸は解けた。取材は無事に終わった。その帰り道、ふと気づいたことがある。組み木絵と出会うまでの私は、環境問題は規模が大きすぎて自分とは関係ないものにしていたことだ。しかし取材を通して、多くの人が「人間は自然の一員」だと意識しなければ、幼いころに抱いた、「自然への懐かしさ」を失うことに繋がると感じた。それは紛れも無く他人ごとではない、身近な問題だ。

 その後6ヶ月にも及ぶ編集作業を終え、番組を完成させることができた。番組作りを終えることができたのは、最後まで付き合って頂いた制作プロデューサー、そして不慣れな取材や撮影に答えてくれた中村さんご夫婦、撮影に協力していただけた方々のおかげだ。そしてがむしゃらに駆けまわった10ヶ月の制作期間に名前を付けるとしたら、「青春」の二文字が一番似合うだろう。


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by tamatanweb | 2015-06-01 00:00

無料のおもしろネタ画像『デコじろう』用アイコン02 ニャーと自信を持って言えるようになるまで   

法学部法律学科四年 秋山美月

 私は、第一二五・一二六回「多摩探検隊」で放送された「多摩あるきたい!~猫神社編in青梅」、「多摩あるきたい!~猫神社編in立川」のリポーターを務めた。番組の内容は多摩地域にある「猫にまつわる神社」を紹介し「猫」と「神社」の関係を紐解いていくというもの。「猫にまつわる神社」は青梅市に二つ、立川市に一つありそれぞれ近隣住民の方や宮司さんにインタビューを行った。また立川市砂川町にある阿豆佐味天神社は「猫返し神社」として有名だ。そこで「猫返し神社」のきっかけをつくられた著名なジャズピアニスト・山下洋輔さんにもお話を伺った。

 私は正直なところリポーターを務める事が不安だった。理由は卒業される先輩方に向けて制作した番組の中で務めることになったリポーターが上手くいかず皆に迷惑をかけてしまった事があったからだ。ディレクターからは「秋山らしくやればいいんだよ」と言われたものの、いざカメラ越しになるとぎこちなくなってしまう自分が想像できて不安は募るばかりだった。
しかしリポーターはただ番組に登場するだけでなく、取材対象者と円滑にコミュニケーションをとり聞き手として話しやすい環境を作るという重要な役割がある。

 「頼んでくれたディレクターの期待にしっかり応え、番組を成功させたい」と思い何度も鏡の前で実際のリポートを想像し練習に励んだ。

 木々は桜で彩られ、空が青々としている日に最初の撮影が行われた。撮影場所は晴海の第一生命ホールの楽屋。コンサートの前にお時間を作ってくださったジャズピアニスト・山下洋輔さんへのインタビューだった。「セリフはすらすら出てくるまで練習したからきっと大丈夫だ」そう言い聞かせ、私は緊張した気持ちを表情に出さないように楽屋内でディレクターや撮影クルーと打ち合わせをしていた。しかしコンサートのリハーサルの時間が長引いた事により、撮影時間になっても山下さんはなかなか現れず、約束していた時間はどんどん過ぎていった。時間が押していくごとに撮影クルーも私の表情も焦っていた。

 「完璧な準備で山下さんを迎えよう」と皆で心を一つにした。実際の撮影を想定し、セリフやカメラの角度を何度も入念に準備をした。そして約束していた時間が残り15分となった頃にマネージャーさんと山下さんは急いで楽屋に来てくださった。準備をしていた私たちはすぐに撮影を始めた。私は全身の神経を集中させ山下さんへのインタビューに励んだ。山下さんは普段からメディアに取り上げられている方であったため取材は順調に進み撮影は終了した。ディレクターから撮影内容についてOKの合図が出てほっとしている私に山下さんはこう言って手を差し伸べてくださった。「限られた時間の中でも落ち着いて、ちゃんと目を見て取材してくれて私も嬉しかったよ」。ただ出来上がったセリフを読むのではなく、対話をしようという心がけがしっかりと山下さんにも伝わっていた。そう分かった時、私は嬉しくて思わず安堵の笑みがこぼれた。

 山下さんの撮影が上手くいったことにより今までの不安はなくなり、その後の撮影も練習を抜かりなくする事で順調に終えることが出来た。そして完成した作品を見て皆から「すごく面白かったよ」と言ってもらえた事が何よりも嬉しく、鏡の前で練習した日々を思い出すと胸が熱くなった。

 私は今回リポーターの経験からたくさんの事を学んだ。万全の準備が「自信」という心の余裕をもたらすこと。セリフではない自分の言葉で表現する事の楽しさ。撮影クルーみんなの想いを背負い全身全霊で表現するやりがい。
猫語・猫耳で多摩の地を駆け巡った二十歳の春は私にとって二度と忘れられない思い出となった。



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by tamatanweb | 2015-06-01 00:00