「感動」を求めて~夏の若狭たかはま子ども放送局~
総合政策学部国際政策文化学科二年 住田達
二〇一四年八月。夏真っ盛り。海水浴場は多くの人で賑わう。そんな中、福井県高浜町にある海水浴場では今年も「若狭たかはま子ども放送局」の活動が行われた。
「若狭たかはま子ども放送局」とは、FLPジャーナリズムプログラム松野良一ゼミの学生が福井県高浜町の地元の子どもたちと共に運営している番組制作活動である。この番組では、例年、地元の子どもたちが、「漁火想」という高浜町で毎年開催されている夏の一大イベントをリポートする。今年で十二年目を迎えるこの活動の番組ディレクターを私は務めることになった。
六月上旬。「企画は、最初の仕事であり、最重要の仕事である」。そう先輩から教わっていた私は、「高浜町」そして「漁火想」について知ることから始めた。漁火想は、高浜町の夏の一大イベントである。この町の住人は、老若男女問わず、「この日ばかりは」と意気込み全身全霊をかけて祭りを盛り上げる。私は、漁火想に秘められた高浜町民の「想い」を描き、番組を見てくださった方の「感」情を「動」かしたいと思った。そこで考えた企画は、「漁火想旗」の制作である。祭りの関係者、来場者に「高浜と聞いてイメージする色は何ですか?」と聞き、黄色、橙色、水色、緑色のフェルト生地から選んでもらい、それらを貼り合わせて皆の高浜への「想い」をカタチにしようという企画である。先生や先輩方からいくつかの懸念点はご指摘いただいたものの、試行錯誤を繰り返しなんとかクリアし、企画成立となった。
そして迎えた八月二日、撮影当日。はじめは好奇心と緊張感で、テキパキ行動してくれていた子どもたちも、やんちゃ盛りの小学生である。時間の経過と共に「すみっち(子ども放送局での私のあだな)、飽きた~。まだ撮影するの~?」と駄々をこね、遊び始める。いつしか「あと少し!あと少しだから頑張ろう!」と説得と撮影の繰り返しになってしまったが、なんとか無事撮影を終えた。
翌日、JR若狭高浜駅の二階にある会議室をお借りして上映会を行った。リポーターを務めた小学生の親御さんをはじめ、番組制作にご協力いただいた多くの方が足を運んでくれた。会場は薄暗くなりVTRがスクリーンに映し出された。この時のために準備してきた日々が走馬灯のように蘇り、鳥肌がたった。目の前に映像として今までの2か月の結晶が映し出されているという実感が湧かなかった。上映が終わり、会場には拍手が鳴り響いた。思わず、涙がこぼれた。「本当に面白い番組だった。高浜の元気な子供たちがリポートする姿を見て私も元気になった」。上映後、来場してくれていたお客さんに言われた。涙が溢れ出て、止まらなかった。
最後に、一階に降りて駅の前で記念撮影。不平不満を口にしながらも最後まで自分たちの仕事を全うしてくれた子どもたち。何か月も前から共に準備を進めてくださった若狭高浜観光協会の方々。温かい高浜の人たちとの別れだった。
「ありがとう、すみっち」。撮影中ずっとふざけて、私のいうことを聞いてくれなかった子どもから別れ際に言われた言葉。それが今も心に刻まれている。
「ありがとう、高浜」。帰りの鈍行列車に揺られながら、私は、そう心で呟いた。
# by tamatanweb | 2015-02-01 00:00